【体験記】交換留学生がコロナで強制帰国した話。

かめです。
2019年8月から2020年3月までアメリカに留学していました。

かめって、7ヶ月しかアメリカにいなかったみたいだけどそれ「長期留学」なの?

実は、私はもともと2020年6月までは日本に帰らない予定でした。

今回は、なぜ私が早く帰ってきたのか、その理由と背景について、時系列でお伝えします。
私の付けていた日記とブログを見返しながら、
留学生のリアルをできるだけ克明にお伝えしたいと思います。

はじめに

この日記は2020年3月17日、急遽帰国することになった飛行機の中で書いたブログです。

これまでの留学はあっという間だった。
コロナに関係することに限って言うとさらにあっという間だった。1月下旬にアメリカで症例が発見され、どんどん増えた。数時間おきにcoronavirus mapを確認する日々を送っていたが、実感はなかった。

しかし、状況は変わってきた。日本のものと笑っていたアメリカが焦り出したのが分かった。最後は毎日毎日すごい勢いで周りの状況が変わって、それについていくだけでも精一杯だった。                                   2020/3/17

では、ここに至るまで、アメリカではどのような動きがあったのか、少しでもリアルに感じていただけたら嬉しいです。

2020年1月

1月下旬にアメリカで初の症例が発見されました。
しかしこの頃は全くと言っていいほど、アメリカの大学生は気にしていない状況でした。

一部の学生とHealthcare学部の先生が気にし始めたくらいでした。

この時はみんな「春休みどこに旅行に行く〜?」って話をしていたよ

私の家族もアメリカに来る予定だったしね。

それがどう変わっていったんだろう!

2020年2月

The New York TimesのCoronavirus Mapを参照すると、

2月1日のアメリカでの新症例は2612件。

By The New York Times

日本ではまだ0件(クルーズ船除く)でしたが、アメリカは何しろ広いということでまだ真剣視している人は少数派。

2月終盤では、こんな様子でした。

2020年3月

3月に入ると、大学からの外出を控えるようにとのメールも届くようになりました。

旅行する人が少なくなるから旅行しようという人も周りにはいる。

また、寮が春休みには閉まるので、学生は旅行するという流れらしいが、危険では?

                        2020/3/8

そうそう。

春休みは寮が閉まるのがネックだった!

私の寮は閉まらなかったけど、

大抵の寮に住んでいる人は

長期休暇には追い出されるんだよね

by the New York Times

そして、春休みが近づいてきました。

春休みの始まる1日前の3月13日の夕方に、学内のスタバで春休みの計画を立てた。春休み中は大学にいよう。行きたいcaféやレストランを探す。春休み中に回ろう!            2020/3/14

この時点では、まさか数日後に日本にいるなんて思いもしませんでした。

しかし、ここで東大から驚きの連絡を受けたよ。

東大から「レベル0でも危険と感じたら帰国して良い」という連絡が来た。
なかなかまずい状況なのでは。walgreens(近くのドラッグストアです)に行ってみたが、1月下旬にはたくさんあったアルコール類がゼロ、在庫を聞いても入荷の予定はないと言われた。この日に、大学グッズを買うなら今日しかないと思って買い物をした。本当にこの日でunion (学内の土産屋さん)は閉まった。
                                   2020/3/15

まさかの「帰国してもいい」勧告を受け取りました。

ここで、荷造りを始めたんだよね

そう。それで、親とも話して

5日後の帰国便のチケットを取ったんだよね

一応まだ先だけど荷造りしておこうと思って、だいたい荷造りを済ませる。
悲しいが、5日後に帰国することにした。

突然残り5日になった生活で誰に会おうか計画を立てて、毎日昼と夜をこれまでの友達と食べようか、計画を完成。東大や教授など事務的な方面にも連絡を済ませた。昼は友達3人と寿司食べ放題に!
                                   2020/3/15

by the New York Times

現在の数が大きすぎて霞んでいますが、3月15日時点でかなりの感染者数でした。

毎日見ていたJohns Hopkinsのマップが真っ赤に染まり怖かったのを覚えています。

スマホの画面を更新するたびに

マップが赤く染まっていって、怖かったね...

この頃、留学生同士でも「帰る?帰らない?」と

話し合っていました

アルコールの買い占めが起こっているところを生で見ました。

怖かった。

朝にアメリカの国内便が制限されるという情報を得る。
今週の早いうちに制限される可能性があると聞いたので、すぐにでも帰らなくてはいけないと気づく。そしてすぐに翌日7時の飛行機を取った。

友達と次々に会う。

夜11時半に友達が来てくれて別の友達のアパートまでuberで行った。
                                   2020/3/16

私は、国内線→国際線 乗り継ぎで帰国しようとしていたので、国内線制限は致命的でした。

なので、即翌日の便に変更しました。

事態が切迫してきて、ゆっくりしている時間はなかったよ。

この日は大学近くの通りで大体の人と会ったが、異常だった。

リアルに買い占めが起こっていてアメリカ人でさえ車でスーパーに来て大量の袋を抱えていた。大学のレストランとダイニングホールが明日でしまるということも聞いた。

そしてついにこの地域でも感染者が出たというメールも来た。
通りには人が全くいなくて、他の場所に行く車しか走っていなかった。友達と会わずにただ通りを歩いていたらかなり怖かったかもしれない。                     2020/3/16

by the New York Times

この日は、浴びるように友達と会ってお別れをしました。
寝る暇もなく、お土産をゆっくり買うこともなく、時間は過ぎて行きました。

1日で10人の友達と会ったよ

3月16日、家について3時前で、最後にして友達と初の徹夜!さすがにシャワーを浴びようと思って3時に浴びて、最後に準備して4時前に下に行って鍵を返した。友達と3人で写真をとって楽しい。それでお別れだった。                       2020/3/16

徹夜しているので同じ日付のものがありますが、同日のものです。

友達との別れが一瞬で来てしまって、

Oh... see you again! Thank you

と、別れの言葉もろくに準備できないまま、Uberで空港に向かいました。

でもとても悲しくて、Uberの扉をなかなか閉めることができませんでした。

飛行機の中で友達からもらった手紙を読んで、ああ、ここ数年はアメリカで会うことはないのか...と現実をひしひしと感じました。

これまでの1週間くらい、本当に信じられないくらいに毎日変わる状況と飛び交う噂に情報、デマ、かと思えば友達は日本で気楽に過ごしているインスタなど、どれを信じていいのかわからない日々だった。

正直言って今帰っているのはもちろんコロナもあるけど、完全に悲しいわけではなくて、帰れてよかったという気持ちもあるのが本心だ。友達には寂しいと言って、確かに寂しいんだけど、日本に帰れることが嬉しくて微妙な気持ちになったりもする。なんとも言えない終わり方をしてしまい、悔しい気持ちと安心した気持ちが半々だ...                        2020/3/17

私はこの日記を帰りの飛行機の中で書いています。

その時は、まさか自分がこんなにも早く日本に帰るとは思っていなくて、まだアメリカでしたいこともたくさんあって、一方で帰国することへの安堵感もあって...

複雑な、整理しきれない気持ちだったことを覚えています。

by The New York Times

そんなこんなで、私の留学生活は猛烈なスピード感の中、幕を閉じたのでした。

エピローグ

一連の流れで学んだことは、この日記の通りです。

今できることは、今やろう。

                               2020/3/19

その瞬間に会った人、できることを大切にする。

自分のベストを積み重ねる。

その瞬間の判断力



これらを身に付けることができたと、ある意味自分を正当化できたのはもう少し後の話になります。

でも、緊急帰国という体験から得るものがあったことは確か。


どちらにせよ、留学していた期間に出会った人、得た経験は、私の人生の中でかけがえないものになり、私の今のアイデンティティを形作るものの一つとなったことは間違いありません。

続きは『こちらの記事で

参照URL:

Coronavirus Map: Tracking the Global Outbreak by the New York Times https://www.nytimes.com/interactive/2020/world/coronavirus-maps.html

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